卯月(うづき)

卯月イメージ「桜」

卯木(うつぎ)の花が、随所に咲き乱れるので「卯月」または「卯の花月」とよばれています。卯木の花は、古くから日本人に親しまれてきた花で、満月が卯の花を照らす光景を愛でて「卯の花月夜」と表現しました。 気候的には暖かくなり,太陽の光に恵まれるようになった月という意味で、「正陽」「純陽」「六陽」などとも言いました。また、旧暦の四月は夏にあたるので、「初夏」「新夏」「孟夏」などとも言われていましたが、現実感がないのでほとんど使われていません。桜の散ったあとの余りの月ということから「余月」、桜の花のない月ということから「陰月」とも言われていました。

今月の二十四節気と雑説
五日—清明(せいめい)

十七日—土用の入り

二十日—穀雨(こくう)

今月の草木花
桜 山吹 片栗 春蘭(しゅんらん)蓮華(れんげ) 花水木(はなみずき) 菫(すみれ) チューリップ 座禅草(ざぜんそう) 木瓜(ぼけ) 浦島草

作一の季節便り

清明(せいめい)

二十四節気の一つで、春分後十五日目の日を言います。旧暦三月の節で、毎年四月四、五日頃にあたります。「清明」の意味は清浄明潔などといって、春先の万物がけがれもなく清らかに生き生きしているさまを表した言葉を示します。この時期は花々の好季節で行楽に適しており、踏青(とうせい)と称して、郊外に遊歩するのに最も恵まれた季節とされています。従ってこの頃の風物を詠んだ名詩が数多く残っています。

染井吉野(そめいよしの)

桜好きの日本人のために、手っ取り早く満開の花を咲かせようと、江戸時代末期、染井村(東京の駒込あたり)の植木職人が何種かの桜をかけ合せて作ったのが、現在ほとんど全国的に見られる「染井吉野」です。それまで全国的に有名だった奈良原産の「吉野桜」を意識しての命名でした。「染井吉野」は葉が育たぬうちに開花するので見事です。また「散りやすい」という一見欠点に思えることが「散り際の潔さ」として日本人にうけました。栽培しやすく短年月で成長し、どこでも根付くということで、本来の日本の桜で、山桜と呼ばれている吉野桜を押しのけ「桜は染井吉野」というくらいに全国に普及しました。

(たけのこ)

タケノコは、十日(旬)で竹になるほど成長が早いため「筍」と書きます。独特の風味はグルタミン酸やアスパラギン酸などのアミノ酸で、甘味のベタイン、シュウ酸も含んでいます。うまみ成分は収穫直後から消耗され、味が急速に落ちます。掘り出して時間がたつにつれ、ホモゲンチジン酸が増加しえぐみがましますので筍は鮮度が大切にされます。関西では四月の始めから出荷される「朝掘り筍」は、その日のうちに料理屋などで調理され、筍本来の旨味と香りを楽しむことができます。

春雨(はるさめ)

旧暦三月頃、細い雨滴でしとしとと長く降る雨を春雨とよびます。降水量はさほど多くなく、草木の芽を吹き出させ、花のつぼみをほころばせる静かな雨が春雨です。そして一雨ごとに暖かくなってゆきます。

真鯛(まだい)

「真鯛」は味がよいだけでなく、姿形、色と三拍子が揃っているため「海産物の王」と珍重されています。「鯛」は日本の「周り」でよく捕られていたので、魚ヘンに「周」と書くようになったと言われています。年中出回るため「鯛に旬なし」と言いますが、冬から春が美味です。「真鯛」は、水温が十五度くらいで産卵が始まり、桜前線とほぼ一致し、この時期、体色が婚姻色のもも色になるところから、「桜鯛」と呼ばれるようになりました。

黄砂(こうさ)

草木の目が出そろわない時期に、雨もなく乾燥した気候が続くと、中国大陸からの強い春風に乗って、砂塵が日本に上陸することがあります。これを「黄砂」と呼びます。

(かつお)

山々の緑が濃くなる頃から、「鰹」の旬となり、うまみが増していきます。南の海域から旅立った「鰹」は、黒潮にのって日本列島沿いに北上します。この群れは二つからなり、一つは フィリピン沖から四国に向かい、他方はマリアナ諸島から御前崎を目指します。この群れは三月頃から北上し始め、紀州沖を通るのが四月ごろで、五月に房州沖、銚子の辺りを通ります。このときの「鰹」が「初鰹」「のぼり鰹」で、秋になると三陸沖でUターンして「戻り鰹」「くだり鰹」となって古巣の南の海に帰ります。すべての初物を好んだ江戸っ子は、「女房を質に入れても初鰹を食べる」のが心意気であったと言われています。

おぼろ月

おぼろは「朧」と書き、薄ぼんやりとかすんでいる様子を表す言葉です。春は昼間の霞(かすみ)と同じ現象が夜にも起こり、月を包み朦朧(もうろう)とかすんで、淡く柔らかく見せることから「淡月」ともよばれます。「おぼろ月」の浮かぶ夜を「おぼろ月夜」といい、優雅な春の夜にふさわしい風景とされています。

穀雨(こくう)

二十四節気の一つで、陰暦の三月後半を言い、陽暦では四月二十日頃にあたります。中国では、立春(二月四日頃)からこの穀雨までを「春」としており、これが過ぎるといよいよ夏に入るとされています。穀雨は白穀を潤し、新芽を出させる春の雨を表現した言葉とされています。

壬生狂言みぶきょうげん(京都市壬生寺)

四月二十一日から二十九日まで壬生寺で、鎌倉時代からの伝統をもつ狂言が催されます。壬生寺中興祖円覚上人が、悪疫駆除のために鎮花の法会を営んで、融通念仏をしたことから始められたといい、その念仏の真意と功徳を、大衆にわかり易く説明するために考えられたのがこの狂言だと伝えられています。

四天王寺聖霊会してんのうじしょうりょうえ(大阪市四天王寺)

四月二十二日に四天王寺で行われます。聖徳太子ゆかりの寺でその命日に営まれる法会を「聖霊会」といいます。四天王寺は太子が創建した 最初の官寺で、法要の行事が最も盛大で有職故実を極めているといわれています。

春風は 花のあたりを よきて吹け 心づからや 移ろふと見む

【古今和歌集、 藤原好風 ( ふじわらよしかぜ )

この歌は、藤原好風が東宮を警備する詰め所から桜の花が散るのを見ながら詠んだもので、歌意は「春風は桜の花の咲いている近辺を避けて吹いてくれ。そして 花は風に当たらなくても、自分の心から散るのかどうかを見よう。」となります。

あかねさす 昼は田賜(たた) びて ぬばたまの 夜の暇(いとま) に 摘(つ)める芹(せり)これ

【万葉集、巻二十、 葛城王 ( かつらぎのおほきみ )

これは、作者がある女性に芹と共に贈った歌で、「昼の間は田を分かち与える仕事に従い、夜の間に摘んだ芹がこれです。どうぞ召し上がってください。」となります。「多忙な任務の暇にようやく手に入れたもの」と、好意を示しています。



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