皐月(さつき)

皐月イメージ「サツキ」

「五月」「皐月」「皋月」「早月」等と書いて、どれも「さつき」と読みます。旧暦の五月は、現在の六月にあたります。明るい初夏と暗い梅雨シーズンとの相反した印象が、同居している月といえます。例えば「五月晴(さつきばれ)」は明るい印象を与え「五月雨(さみだれ)」は暗い印象を与えます。「目に青葉、山ほととぎす、初鰹」と言う有名な句があるようにすがすがしい初夏のイメージから「早苗月(さなえつき)」「多草月(たそうげつ)」「薫風(くんぷう)」「啓明(けいめい)」「開月」等と呼ばれています。逆に暗くじめじめした梅雨期の印象から「雨月(うづき)」「授雲月(じゅうんげつ)」「悪月(あくげつ)」「梅夏(ばいか)」等といった名称でも呼ばれています。

今月の二十四節気と雑説
二日—八十八夜

五日ー端午の節句

六日—立夏(りっか)

十日ー母の日

二十一日—小満(しょうまん)

今月の草木花
躑躅(つつじ) 水芭蕉(みずばしょう) 牡丹(ぼたん) 錨草(いかりそう) 浜昼顔(はまひるがお) あやめ 芍薬(しゃくやく) 杜若(かきつばた)

作一の季節便り

八十八夜(五月二日)

立春から数えて八十八日目の日で、毎年五月の二日か三日にあたります。昔からこの日を境に本格的な農事に取り掛かるので農家では大切な日とされてきました。また「八十八夜の別れ霜」といって、この日以降は霜が降りる日はないと言われています。「八十八夜」の歌でよく知られているように、お茶所では茶摘みの最盛期を迎えます。

憲法記念日(五月三日)

国民の祝日の一つで、五月三日を「日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する日」として定められました。日本国憲法は昭和二十一年十一月三日に公布され、翌二十二年の五月三日より施行されました。

立夏(りっか)(五月六日)

二十四節気の一つです。「立夏」を過ぎると春色は遠のき、爽快な夏の気色の立ちはじめる季節となります。色々な花が次々と咲き、新茶が香り草木は一日一日おどろくほど伸びていきます。いわゆる「晩春初夏」と形容され、快い時期とされています。

端午の節句(五月五日)

現在五月五日は国の定めた「子供の日」として祝日となっています。しかしそれ以前は端午の節句は男の子の祭りとされていたため今でもこの習慣が残っています。五月五日は宮廷が定めた五節句の一つで、中国の風習にならって制定されたものとされています。端は「物のはし」、つまり最初という意味があり、午は「ご」と読むので、数字の「五」に通じるとされ、端午は月の最初の 「五の日」を意味し、「五」が重なる五月五日を端午の節句と言うようになったとされています。

「五月五日」は女の日?

昔この日は、農耕民族であった日本人にとっては、田植えの準備のための神聖な行事の日であったと言われていました。当時、田植えは身を清めた女たちの仕事とされ、男達は太鼓を打ち鳴らして見守ることしかしませんでした。子を産むのは女性だけですから、田植えをして貴重な米を生み出す稲を、育てるのも女の力に頼ると言うのが、農耕民族としての日本人のものの考え方であったとされていました。そのため男達には戸外に出て行ってもらい、女達だけが家にこもって心身を清める日が、五月五日で民間行事の一つでした。その後中国の風習にならって宮廷が取り入れたものが、やがて世間に広がり今の端午の節句になったと言われています。

葵あおい祭(賀茂祭)

五月十五日に上賀茂・下鴨の両神社合同で行われます。京の三大祭の一つで最も優雅で古趣に富んだものとして知られ、牛馬五〇頭、総勢数百人の行列は王朝絵巻にも例えられており現在でもその行装は平安朝の装いそのままと言えるそうです。本来、「賀茂祭」と言うのですが、葵(あおい)を雷と地震の厄除けとして祭員の衣類や髪に結ばれ、家々の軒にも掛けるしきたりがあるため、「葵祭」と言われています。

母の日(第二日曜日)

起源は、一九〇七年米国ウエストバージニア州ウェブスター町のメソジスト教会に属するアンナ・ジャービスという少女が亡き母を偲ぶ盛大な記念の会を催した時、霊前にカーネーションをたむけた ことに始まりました。世の人々にも母の愛の偉大さを伝えようと有力者たちに協力を求め、「母の日」が一九〇八年にシアトルで行われ、一九一四年に議会で正式に制定さえました。その後しだいに全界に広がり、我が国でも第二次大戦後、一般に行われるようになりました。

小満しょうまん(五月二十一日)

二十四節気の一つです。この頃になると陽気は次第に盛んになり、人はもちろん、動物や草木がやや満足する、次第に満足し始める季節と言う意味で、この名前がつきました。

薫風(くんぷう)

初夏の南風は新緑の上を渡り、快いさわやかな気分にさせてくれる風です。やや強く吹く風を「青嵐」とよび、柔かい風を「薫風」と呼んでます。「薫風」はまさに初夏の薫りを運ぶようで、そこから「風薫る」「風の香」「南薫」といった初夏らしい言葉が生まれました。

五月晴(さつきばれ)

初夏と呼ぶにふさわしい五月は新緑の季節で、空はさわやかに晴れ渡り、これを「五月晴」と呼んでいます。しかし本来は、旧暦の五月とは梅雨のある六月で、「五月晴」は梅雨の合間の青空をよぶ呼び名でした。この誤用が一般化して今のように定着したと言われています。

麦秋(ばくしゅう)

初夏が麦の取り入れ時で、麦にとっての秋にあたるところからこう呼ばれています。さわやかな季節ですが、湿気を含んだ風が吹いたり、涼しさを通り越してひんやりとした風が吹くこともあり、まさしく「麦の秋」という表現がよく当てはまる季節でもあります。

卯の花腐し(うのはなくたし)

今月は旧暦の四月、すなわち卯月、または卯の花月にあたります。そのとき咲く卯の花を腐らせるような、長く降り続く雨のことを指します。今はその雨を「はしり梅雨」とも呼んでいます。また、五月下旬は天気の悪い日が多く、その時期の曇り空を「卯の花ぐもり」「卯月ぐもり」と呼んでいます。

狐の嫁入り(きつねのよめいり)

もともと真夜中に、遠くで見え隠れする提灯の火や、自然の発光(燐火)などを狐火と呼び、それが列になって見えることを「狐の嫁入り」といい、不思議な現象の一つとされていました。のちにこれが昼間のそれにも使われるようになり、雲もなく晴天なのにいきなり雨が降って、いきなりやむことを「狐の嫁入り」と言うようになりました。

ほととぎす 鳴くや五月(さつき) の あやめ草 あやめも知らぬ 恋もするかな

【万葉集、巻十九、 大伴家持 ( おおとものいえもち )

「ほととぎすが鳴いているこの五月(陰暦)に欠かせぬあやめ草の、その名のあやめのように道理もわからぬ恋をすることよ。」と恋に理性を失いどうにもならないという「恋は盲目」の心情を詠んだ歌です。

手もふれで をしむかひなく 藤の花 底にうつれば 浪(なみ)ぞ折ける

【拾遺和歌集 ( しゅういわかしゅう ) 凡河内躬恒 ( おおしこうちのみつね )

歌意は「手も触れないで惜しんでいる藤の花であるのに、池の底に映っている花を、波は心無く乱していることだ。」となります。



Twitter

Welcome , today is 月曜日, 2017年6月26日