水無月(みなづき)

水無月イメージ「あじさい」

旧暦の六月は、今の暦の七月にあたるため、一年で 最も暑い月とされていました。したがって「焦月」(しょうげつ)、「季夏」(きか)、「長夏」(ちょうか)、「常夏」(じょうか)、「炎陽」(えんよう)、「極暑」(ごくしょ)など  いかにも暑苦しさを感じさせる名で呼ばれています。最も一般的なのは、「水無月」「水月」と書き「みなづき」と読むものです。梅雨で雨の多い六月の呼び名ですが、先に述べたとおり今の七月にあたるので、雨量の少ない月と納得のいく呼び名です。この月に雨が少ないと稲が開花結実しにくいので日本人の主食である米の 収穫に大きく影響してしまいます。そのため雨乞いの目的で農業神の祭礼が盛んに行われました。「水無月」は農耕民族である日本人にとって一年の豊作を決める大切な月と言われて来ました。

今月の二十四節気と雑説
六日—芒種(ぼうしゅ)

十一日—入梅(にゅうばい)
二十一日—父の日

二十二日ー夏至(げし)
今月の草木花
紫陽花(あじさい) 大山蓮華(おおやまれんげ) 泰山木(たいさんぼく) 花菖蒲(はなしょうぶ) 夏椿(なつつばき) 九輪草(くりんそう) 岩鏡(いわかがみ)

作一の季節便り

芒種(ぼうしゅ)

二十四節気の一つで今月の五、六日頃にあたります。「ぼうしゅ」とは、稲や麦などの「芒」(のぎ—実の外側の先にある硬い毛のこと)のある種のことをいいます。麦を刈って稲を植える時期を尊く思い、この時期を「芒種」と名づけました。各地で田植えが始まるこの頃を、農耕民族である日本人は「農繁期」(のうはんき)と呼び、収穫の時期とともに大変忙しくもあり、大切な季節として重んじていました。

穴子

穴子は一年中捕れますが、旬は夏で、海辺の岩の間に潜むアナゴ科の魚です。夜に活動しますので、夜の防波堤からの投げつりや、船釣りで釣ります。穴子には多くの種類がありますが、「まあなご」が 最も味がよいとされています。語源は、穴にこもる性質があるところから「穴魚」「穴ごもり」から付けられたと言う説が有力です。「ほんあなご」と呼ばれているのも「まあなご」のことで、体の側面にある銀白色の斑点が秤竿(はかりざお)の目盛りのように見えるところから「はかりめ」「はかりのめ」とも呼ばれています。

入梅(にゅうばい)

雑節の一つで、「芒種」から数えて五日目を「入梅」とし、この「入梅」から数えて三十日間を「梅雨」としていました。「梅雨」は、「梅の実が黄熟する頃に降り続く雨」として名づけられました。また、「黴」(かび)が生じやすいので「黴雨」とも呼ばれています。「梅雨」は農作にはなくてはならないもので、稲の育成や結実に大きな影響を与えます。昔から凶作は、雨量の少ない「涸梅雨」(からつゆ)のときに起こりやすく、人々は「雨乞い」の目的で、農業神の祭礼を盛んに行いました。

梅雨闇(つゆやみ)

雨が降り続いたり曇りがちで、昼でも暗く、夜は月も見えない闇になることをいいます。太陽暦とは約一ヶ月ずれが生じるので「さつき闇」とも言われます。夜の闇は特に暗く「あやめもわかぬ漆黒の闇と化す。」 (物の模様もわからなくなるくらい、うるしのように黒く艶のある闇になる) と表現されました。

五月雨(さみだれ)

旧暦の五月は、今の暦の六月にあたり、本来は梅雨のときに降る雨を言います。「さ」は、神にささげる稲を 意味し、「みだれ」は「水垂れ」から雨を意味すると言われています。田植えのときに降る雨として大切な雨とされています。

父の日

毎年、六月の第三日曜日で、「お父さんの毎日のご苦労や慈しみに対して、家族で感謝する日」としています。一九一〇年、アメリカワシントン州のジョン ブルース夫人が、男女同権の見地から、「母の日」に対して、父に感謝する行事を行ったのが、この日の始まりと言われています。我が国では、戦後「母の日」が行われるようになってから少し遅れて、昭和二十五年頃から普及していきました。

かぼちゃ

もともとアメリカが原産で、紀元前七千年にはすでにあったと言われています。今の「日本かぼちゃ」は、十七世紀、カンボジアから日本に伝わり、「西洋かぼちゃ」は江戸時代の末に伝わりました。今、日本で生産されているのは、先の二つと「ペポかぼちゃ」 (ズッキーニや糸南京など)の3種類で、五月から十月に収穫され、その他の時期は、ほとんどが輸入に頼っています。栄養分は、カロチン、ビタミンCが多く、たんぱく質や脂肪分も含んでいます。保存性にもすぐれており、夏に採れたものを十二月に「冬至かぼちゃ」として食べる風習もあります。

夏至(げし)

二十四節気の一つで、六月二十一,二十二頃にあたります。太陽が北回帰線の真上にきたときで、北半球では日射時間が一年で最も長くなる日です。この頃、北寒帯地方では、一日中太陽が沈まず、いわゆる「白夜」となり、逆に、南寒帯地方では、太陽が地平線上に昇ることがなく「昼夜」となります。

夏越(なごし)

「なごし」とは、神慮(しんりょ—神の心)を和らげると言う意味の「和し」(なごし)から付けられたと言われています。別名「水無月祓」(みなづきはらい)とも言います。旧暦六月の晦日に行う、大祓(おおはらい)のことで、神社では「茅の輪くぐり」の行事が行われます。京都の賀茂神社や、和歌山の伊太祈曾(いたきそ)神社が有名で、 茅(かや)を紙で束ねて輪を作り、神社の鳥居につけて、参拝者がそれをくぐり、災厄を取り除く行事として行われています。

黒南風(くろはえ)

梅雨の黒雲の下で吹く風を「黒南風」と呼びます。これに対して、梅雨が明けて空があかるく晴れ渡り、白い雲が空に流れるようになるころ吹く風を「白南風」(しろはえ)と呼んでいます。

わがやどの 穂蓼古幹(ふるから) 摘(つ)み 生(お)ほし 実になるまでに 君をし待たむ
【万葉集、巻十、作者不詳】

歌意は「私の庭の穂の出た蓼の古い茎を摘んで育て上げ、実がなるまでもあなたをお待ちしましょう。いついつまでも。」となります。蓼は食用のため先を摘むと腋芽が伸びてきます。これが伸びて結実するまでには時間がかかります。恋が成熟し結ばれるまで時間がかかっても待ちますと言う意味を含んでいます。

あが心 ゆたにたゆたに 浮き蓴(ぬなわ) 辺(へ)にも沖にも 寄りかつましじ
【万葉集、巻七、作者不詳】

歌意は「私の心は、ゆったりしたり、揺れ動いて落ち着かなかったり、あの水に浮いたジュンサイのように、岸辺にも沖の方へも寄ってしまうことが出来そうにもない。」となり、 恋に揺れ動く若い女性の心を詠んでいると言われています。

あじさゐの 八重咲くごとく 八(や)つ代(よ)にを いませわが背子(せこ) 見つつしの偲(しの)はむ
【万葉集、巻二〇、 橘諸兄 ( たちばなのもろえ )

この歌は天平勝宝七(七五五)年五月十一日に、右大弁丹比国真人(たじひのくにひとまひと)の家で、左大臣橘諸兄を招いて宴を催した時、諸兄が主人真人を祝って詠んだ歌です。歌は「あじさいが幾重にも群がって咲くように、変わりなくいつまでもお健やかでいて下さい。私はこの花を見るたびにあなたを思い出しましょう。」という意です。あじさいの豊かな花のように、またつぎつぎ色を変えて長く咲き誇るようにと、真人を祝って詠んでいます。



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