長月(ながつき)

長月イメージ「すすき」

旧暦の九月は、秋の最後の月にあたるので「晩秋」「窮月」(きゅうげつ)「暮秋」(ぼしゅう)「残秋」「末秋」などと呼ばれています。最も一般的なのは「長月」で、秋も深くなると日がくれるのも早くなり、長時間にわたって美しい月が見られるので、この名が付いたと言われています。他に、菊の花が咲き誇る月なので、「菊月」 「菊開月」(きくさきづき)、また、紅葉の季節に入ってくるので「紅葉月」(もみじづき)とも呼ばれています。菊や紅葉もさることながら、九月の空は澄みきって特に月が美しく感じられる月で、満月の十五夜には古くから「お月見」をする風習が行われていたことから、「祝月」(いわいづき) 「詠月」(ながめづき) 「寝覚月」(ねざめづき)などの名称もあります。

今月の二十四節気と雑説
一日—二百十日

八日—白露(しらつゆ)

二十日—彼岸

二十三日—秋分

今月の草木花
彼岸花(ひがんばな) 桔梗(ききょう) 藤袴(ふじばかま) すすき 松虫草(まつむしそう) 男郎花(おとこえし) 女郎花(おみなえし) 薄雪草(うすゆきそう)

作一の季節便り

二百十日(にひゃくとうか)

立春から数えて二百十日目で、毎年九月一日頃にあたります。昔から「二百十日と共に台風がやって来る」と言われ、大切な稲の開花期、台風の暴風雨による被害を恐れて、心構えの意味をこめて命名したものと考えられます。

茄子(なす)

茄子は、促成栽培や品種改良により一年中安定して 生産されていますが、夏から秋にかけてが旬です。 原産地は、五世紀の、インド東南部と推定され、日本へは平安時代(八世紀)に伝わったと記録にあり、その頃は「奈良比」(ならび)と呼ばれていました。その後、十七世紀にはすでに早熟栽培が始まっており、かなりの品種が記録されています。 茄子は、約九割が水分で、取り立てて栄養はありませんが、発ガン抑制効果があると言われています。また、高血圧、のぼせにも効果があり、悪酔い防止にもなると言われています。 江戸時代、諸大名が、夏が旬の茄子を、正月に儀式のために買い上げていたため、冬の茄子は、ことのほか 高価で貴重なものでした。その高価な茄子を、初夢で見ることは縁起が良いとされ、「一富士、二鷹、三茄子」という言葉が生まれたと言われています。

白露(しらつゆ)

二十四節気の一つで、今の暦では九月八日頃にあたります。処暑(八月二十三日頃)から九月十六日頃までを「白露」と呼ぶこともあり、その頃から露が降り、草木の花弁や樹木の葉に、白い露の珠が宿り始めると言われています。日本人は、露の世や、露の命は短くはかないことが美しいと思い、詫び寂びを感じ、「初露」「露の玉」「露の宿」等の言葉も多く生まれました。

重陽(ちょうよう)

陰暦の九月九日は五節句の一つで、「重陽節」「菊の節句」と言われ、古くは朝廷において、江戸時代から一般でも祝われるようになりました。中国古来の習俗では、奇数を陽の数とし、陽数の極みである「九」が重なると言うことから「重陽」としました。また菊は、深山仙境に咲く花で、不老長寿、延年の功能があるとされ、お祝い事に用いられ、「重陽」が菊の季節にあたるため、「菊の節句」「菊花宴」「菊宴」とも別称されるようになりました。江戸時代、庶民の間では、菊の花弁を酒に浮かべて飲み、栗ご飯を炊いて祝ったと言われています。

中秋の名月

太陽暦の九月は陰暦の八月にあたり、八月は秋の真中の月にあたるので、「中秋」と呼びました。そして、その月の十五夜に出る満月を「中秋の名月」と呼びました。 もとは、中国宮廷の命名で、この夜「観月会」が開かれました。九〇九年、この風習をそっくり真似たのが日本の朝廷であり、次第に庶民に広まりました。 農耕民族である日本人にとって、ちょうど秋の収穫が始まる頃でもあり、神格化された「月」への感謝の意をこめて、芋、団子、枝豆、すすきの穂などをお供えしました。これを「初穂祭」の行事とし、そのお供え物の主体が芋の季節にあたることから、「芋名月」とも呼ばれるようになりました。一方、関東、近畿以西の地方では、九月十三日の月を鑑賞する風習も生まれ、豆を主体としてお供え物をしたことから「豆名月」と呼ばれていました。 「中秋の名月」は、「春の桜」と共に、日本人は、ことのほかこれを愛し、曇り空で月が見えなくても、どことなく明るい月夜を、「中秋無月」「月の雲」と呼び、詫び寂びを感じ美としました。また、芭蕉の弟子の許六は「名月は八月十五日の一夜なり、明月(めいげつ)は四季に通ず。」と書いています。八月以外の月にも満月はあるが、それは「明月」ではあるが「名月」ではないと語っています。

敬老の日

昭和二十六年、当時の中央福祉協議会が九月十五日を「としよりの日」と決めました。その後、昭和三十八年に老人福祉法が制定され、その名称を「老人の日」と改め、さらに昭和四十年、国民の祝日に関する法律の改定により「敬老の日」と定められました。

(しゅん)について

ご存知の通り、季節の食べ物が出盛りのとき、よく熟した時節、また、最も味のよい季節を「旬」と言います。 もともと「盂旬」(うしゅん)と言う言葉があり、「盂」は、椀や鉢のことを表し、それが転じて食べ物を意味するようになりました。その後、それを略して「旬」とし、季節や時候を表すようにもなりました。 別の説もあり、中世の朝廷で、毎月一日、十一日、十六日、二十一日に、天皇が臣下から政務を聞く儀式がありました。その後、簡略化され、四月一日の「孟夏(もうか)の旬」と十月一日の「孟冬(もうとう)の旬」の二つとなり、「二孟の旬」と呼ぶようになりました。「孟夏の旬」には白扇、「孟冬の旬」には小鮎を賜るのが恒例で、それが転じて季節のものを表すようになり、その後、食べ物のおいしい季節、出盛りの季節に使われるようになりました。そして、江戸時代、徳川綱吉が、過分の値段がつかぬよう、食べ物の売り出し日を規制するお触れを出したことが、「旬」が一般化した要因と言われています。

秋分の日

二十四節気の一つで、「春分の日」と同じく、昼夜の長さが、ほぼ同じになる日とされています。また、秋の「彼岸の中日」にもあたり、この前後七日間を「彼岸」と呼びます。「秋分の日」は、国民の祝日でもあり、昭和二十三年七月二十日に、国民の祝日に関する法律が公布され、「秋分の日」は、「祖先を敬(うやま)い、亡くなった人をしのぶ日」として祝日とされました。

きのこ

「きのこ」は、他の植物や動物を分解し、栄養を摂取する菌類のうち、大型の子実体(胞子をつくる器官)を形成するものの総称です。「きのこ」の発生は、雨の多い梅雨の頃と、気温の低下する秋にピークがあり、発生する時期や場所は種類によって、ほぼ決まっていると言われています。 世界に「きのこ」は約1万種、日本には二千種あると言われ、そのうち食用とされるものは千種、中でも好んで食べられるものは八〇~一〇〇種、毒キノコも約五〇種あると言われています。昔から「茎が縦に裂ければ食用」、「色が鮮やかなきのこは毒」等と言われてきましたが、科学的な根拠はないと言われています。

宮城野(みやぎの)の 本(もと)あらのこ萩(はぎ) 露(つゆ)を重(おも)み 風を待つごと 君をこそまて

【古今和歌集、読人知らず】

意は「宮城野(仙台市の東方の野)の根元の葉がまばらに生えている萩が、置く露が重いのでそれを吹き落とす風を待っているように、私はあなたのおいでをひたすらお待ちしています。」となります。

女郎花(をみなえし) さかりの色を 見るからに 露の分けきる 身こそ知らるれ

【新古今和歌集、紫式部/紫式部日記】

歌意は「をみなえしの盛りの美しい色を見るにつけても、あなた様の御恵みの露には、露が分けへだてをしたような差別があって、自分にはその恩恵みが少なく、かいのない身であることがよくわかります。」となります。



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