霜月(しもつき)

霜月イメージ「山茶花」

十一月は、旧暦で言えば冬、霜が降りると言うので「霜月」と言うのが最も一般的な呼称です。また十月が神無月であったのに対し十一月は神々が出雲から帰って来て、それぞれの神社に収まるという意味で「神帰月」「神楽月」などとも言います。他に、「暢月」「子月」「霜降月」「雪待月」「雪見月」「天正月」などの異称があります。現在では十一月は晩秋、芸術的な香りのする気候であります。まず「文化の日」があり、文化財保護強調週間、教育文化週間など、文化の付く行事が多く、十五日には「七五三」があり微笑ましい光景があります。寒に入る前の最も良い季節と言われています。

今月の二十四節気と雑説
七日—立冬(りっとう)

十五日ー七五三

二十三日—小雪(しょうせつ)

今月の草木花

柊(ひいらぎ) 山茶花(さざんか) 磯菊(いそぎく) 蝦夷竜胆(えぞりんどう) 竜脳菊(りゅうのうぎく) 背高泡立ち草(せいたかあわだちそう)

作一の季節便り

立冬(りっとう)

二十四節気の一つで十一月七、八日頃にあたり、「冬に入る最初の日」を意味します。実際にはまだ秋の気配が残っており、朝夕の冷え込みで、冬が真近に来ていると感じられる頃です。

小春日和(こはるびより)

立冬を過ぎて、景色も日増しに冬めいてくる中で、ぽっかりと春を思わせる陽気になることがあります。これを「小春日和」といい、アメリカでは「インディアンサマー」、ドイツでは「老夫婦の夏」と呼んでいます。

山茶花梅雨(さざんかつゆ)

立冬を過ぎる頃に降り続く雨を「山茶花梅雨」と呼びます。秋と冬の境目の季節で、ちょうど山茶花の真っ赤な花が、つぼみを開き始める頃に降る雨です。梅雨と言っても、それほど長く降り続くことはなく、春の「菜種梅雨」(なたねづゆ)に対してつけられた、冬を告げる雨と言われています。

七五三

「七五三」のしきたりが定着したのは、江戸時代に入ってからと言われ、起こりは明らかに農村における氏神 信仰にあると言われています。 子供が生まれると、無事に成長するようにと祈願するために神社に参拝しました。これを「御宮参り」と言います。 三歳になると、これまで紐(ひも)を付けて、結んでおかなければならなかった着物のそれを取り外すことができるようになったことや、髪が束ねることが出来るほどに伸びたことなどから、これまでの成長の感謝と今後への祈願のためにお参りをしました。 五歳になると、それまで区別のなかった着物が、男の子用、女の子用と、着せてもらえるようになりました。それを祝って、女の子は着飾り、男の子は裃(かみしも)を着け、袴をはいて氏神に詣でました。 七歳になると、女の子は子供っぽい帯をやめ、帯も着物も女性らしい物にし、男の子は一族の長老に晴れ着を着せてもらい、帯も新しくし、氏神詣での後、祝宴を開きました。こうして男女とも七歳になると、正式に 氏神の氏子となり、社会人候補として認められました。 日本の氏神の祭日は、収穫祭としての意味も兼ねて、十一月に行われることが多く、旧暦の十五日は満月でおめでたいとされ、十一月十五日に七五三が行われるようになったと言われています。

(くず)

葛は、日本固有の豆科の植物で、葛粉はその根から作られます。 まず、秋口から春先にかけて掘った根を水洗いし、適当な大きさに切り、石の上で木槌などで叩き砕いた後、臼で挽きます。水にもどし、上澄みを布袋にとってこし、乾燥させ、これを三~四回繰り返します。ここで出来るのが「岩葛」ですが、あくが強く料理には使えません。さらに砕いて大きい鉢に入れ、たっぷりの水に溶いて、三~四時間おき、上澄みを取り去ってもう一度水を入れ一晩おきます。そこで出来た沈殿物を陰干しし、葛は 完成します。 このように、水もどしと乾燥を繰り返して作るものなので、日中と夜間の温度差が大きいところが適しており、奈良県吉野の国栖(くず)のものを最良としたことから「葛」と言う名前がつきました。 ちなみに、葛から出来る代表的なものに「葛きり」がありますが、よく似た「ところてん」は天草類の海藻を煮て作られます。「はるさめ」は緑豆からとれるリョクトウデンプンを原料に作られますが、今は馬鈴薯デンプンやサツマイモデンプンから作られるものが主流となっています。

勤労感謝の日(十一月二十三日)

「勤労を尊び、生産の豊かなことを祝い、国民が互いに感謝しあう日」と言う趣旨により、昭和二十三年に制定されました。もともとこの日は「新嘗祭」(にいなめさい)と呼ばれる祝祭日で、その年の新穀を天皇が宮中で神殿に供え、感謝するという儀式でしたが、国内の神社もこれに習い、民間でも農耕儀礼の一つとして重要な祭日とされました。昔は、新嘗祭は十一月の卯の日に行われていましたが、太陽暦を取り入れてから二十三日なりました。

神農祭(しんのうさい)

大阪市中央区道修町の少彦名(すくなひこな)神社で、二十二日、二十三日に神農祭が行われます。江戸期から薬問屋の町、道修町(どしょうまち)の人々は、日本の薬の神「少彦名」と、中国の医薬の神「神農」を結び付けて祭りを行ってきました。 神農祭は文政五年一八二二年)にコレラが流行したときから盛大に行われるようになり、神社では疫病除けとして、「丸薬」と「張子の虎」を参拝人に与えたので、これを求める人で賑わったと伝えられています。

小雪(しょうせつ)

二十四節気のひとつで、十一月の二十二日頃にあたります。この頃は冬の気配もやや進んで、ときには雪もちらつき、また、晴れの日と曇りの日が定まらないという気候になりがちです。「小雪」に対し、激しく雪が 降る頃、すなわち十二月八日頃を「大雪」と言います。

牡蠣(かき)

牡蠣は世界各国で養殖され、賞味されています。有史以前から食べられていたと記録にもあり、古代ギリシャでは、食用と同時に投票札としても使われていたと言われています。養殖も比較的簡単だったので、二〇〇〇年以上も前から養殖場で育てられていました。日本では、一六七三年(寛文十三年)、広島で初めて養殖が行われました。以来研究が進み、従来の地まき法から垂下式に変わり、松島、志摩、広島、気仙沼、有明海、能登内浦、浜名湖などで、年間約二十五万トンが生産されています。 牡蠣はグリコーゲンを多量に含み、「海のミルク」といわれるほど栄養に富んでいます。貧血には鉄のほか、銅の摂取も必要ですが、牡蠣には吸収の良い有機の銅が多く含まれています。また、タウリンも多く、コレステロールを下げたり、血圧低下作用も期待できると言われています。

(つ)の国の 難波(なには) の春は 夢なれや 葦(あし)かれ葉に 風わたるなり

【新古今和歌集、西行法師】

歌意は「趣の深かった摂津の国の難波の春景色は 夢だったのであろうか。はかなく消えてしまって、今はただ葦の枯れ葉に寒々と冬の風が吹き渡っていることだ。」となります。

冬の来て 山もあらはに 木の葉ふり 残る松さえ 峰にさびしき

【新古今和歌集、 祝部成茂 ( はふりべのなりしげ )

歌意は「冬になって、山はその地肌があらわになるまで紅葉が散りつくし、落葉せずに残っている松まで峰にさびしく見えることだ。」となります。



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