師走(しわす)

師走イメージ「シクラメン」

十二月の、最も一般的な名称は、師走(しわす)です。一年の区切りをつけて、新年を迎えるということから、十二月はとても忙しいとされています。禅師(ぜんじ)とよばれる普段は落ち着き払った偉いお坊さんまで、忙しさのために走り回る、ということから「師走」という名が付いたと言われています。また、一年の最後の月、という意味から「極月」(ごくげつ)、「窮月」(きゅうげつ)、「除月」(じょげつ)とも呼ばれています。他に、「師走」は、旧暦では冬の最後の月にあたるので、「残冬」、「晩冬」、「暮冬」、近づく春への期待を込めて、「春待月」、「梅初月」等の名称もあります。

今月の二十四節気と雑説
七日—大雪(たいせつ)

八日ー針供養

二十二日—冬至(とうじ)

今月の草木花
寒椿(かんつばき) 寒牡丹(かんぼたん) 枇杷(びわ) 君子蘭(くんしらん) 日本水仙 冬桜 シクラメン ゼラニュウム 石蕗(つわぶき)

作一の季節便り

大雪(たいせつ)

二十四節気の一つで、今の暦では十二月七日か八日頃にあたります。「この頃は天気も定まらず、寒気も積り、雪となる」という意味で、「大雪」が過ぎると急に冬らしくなると言われています。寒さは日ごとに増していき、晴れの日の朝夕は真っ白な霜が降り、「南天」や「青木」の実が赤く色づきます。ちなみに、「青木」は日本の特産で、千七百八十三年に初めて英国に移植され、世界各国に広まりました。

雪起こし(ゆきおこし)

霙(みぞれ)まじりの雨が降り続くような初冬に、にわかに黒雲が広がり、雷が鳴り響くと、しばらくして雪になるといわれています。まるで、雪が、雷によって起こされたかのようで、本格的な冬の始まりとされています。

風花(かざはな)

晴天の寒い日に、舞うようにちらつく雪を「風花」と言います。遠方の山に雪が降ると、軽い雪が風に流されて青空の下で降ることで、風が強く寒い日によく見られます。

(くじら)

海の哺乳類である、鯨とイルカは生物学的な意味での区別はありませんが、一般に体調が四m以上の大きさのものを鯨、それより小さいものをイルカと呼んでいます。 食用として代表的なのは、ナガスクジラ科の、白ナガスとミンク鯨のひげ鯨で、海中のプランクトンを、皮膚が特殊に発達したひげでこして食べます。 鯨と人類のかかわりは古く、ノルウェーには紀元前 二二〇〇年ごろの捕鯨の壁画が残され、日本でも縄文時代の貝塚から鯨の骨や銛(もり)が出土しています。欧米の捕鯨は鯨油を得ることが主目的であったのに対し、我が国は、食用はもちろん、鯨の全てを利用する世界でも珍しい多様な鯨食文化を発展していきました。 捕鯨には古くから手投げ銛が用いられ、江戸時代には日本独特の網捕り式も考え出されました。一八六四年にノルウェーで開発された捕鯨砲の普及で捕獲数が急増し、資源枯渇の危惧からWICの決議で、商業捕鯨一時停止が決まりました。その後、アメリカ、フランスなど反捕鯨国の提案で南氷洋が聖域化され、捕鯨再開の道は遠のいています。しかし、ノルウェーは九三年からミンク鯨を対象として沿岸捕鯨を再開し、九十四年には、アメリカが、原住民文化の保護という政治的事情からアラスカ周辺での原住民生存捕鯨の拡大を行っており、各国の捕鯨、反捕鯨の立場や姿勢は一様ではありません。

事始め

新年を迎えての、祝いの準備をすることを総称して「年越し」と言います。正月を祝う習慣は世界中にありますが、日本ほど、この準備に力をいれていた国もないと言われています。まず、十二月十三日を「事始め」と言い、大掃除をします。汚れた場所で準備をするわけにはいかないと、考えられ、早くに行われました。 天井などの煤(すす)払いように、先に葉のついた竹竿を「煤竹」といい、「煤竹売り」の売り声が聞かれるのが、江戸、明治、大正時代、「事始め」の日の風物詩と言われていました。 「事始め」に始まる正月の準備を総称して「年用意」と言いました。「年用意」には、「松迎え」、「年棚」「注連飾り」(しめかざり) 「お節」「床飾り」「餅つき」「年越し」などがありました。

松迎え

新しい年の干支にあたる男を「年樵」(としきこり)と言い、「年樵」が山に入って門松用の松の木を伐ってくることを「松迎え」といいました。農耕民族である日本人は、一年の耕作と収穫を守る神を「トシの神」あるいは「お正月さま」とよび、正月三が日、この神が門松を伝って降臨すると信じられていました。

冬至(とうじ)

二十四節気の一つで、太陽暦では十二月二十二日頃にあたります。夏至とは反対の現象の日を言い、北半球では昼が最も短く、夜が一番長くなります。昔の人々は、「この日から太陽が復活する」と言って喜んでいたそうです。また、この日は「冬至かぼちゃ」を食べて金運を祈り、柚子の入った「冬至風呂」に入って、無病息災を祈る行事が、今でも各家庭に伝わっています。

注連飾り(しめかざり)

「トシの神」あるいは「お正月さま」を我が家に迎えるために、十二月十三日に大掃除をし、そのあと災厄などに入られては困ると言う意味で、門前または玄関前に「注連飾り」を取り付けました。今は年末になると「注連飾り」が売り出されますが、昔は年男になったものが夜更けに一人で作ったと言われています。

御節(おせち)

正月三が日には「トシの神」または「お正月さま」が降臨されると信じられており、その神と食事をともにするための大切な料理として作られました。また、「屠蘇酒」(山椒、防風などを調合し、お酒や味醂に浸したもの)を同じ意味で用意しました。

大晦日(おおみそか)

月の末日を「晦」(つごもり)と言い、一年最後の「晦」の日を「大晦日」(おおみそか) または「おおつごもり」と言います。また、この日は「年取り」といって、朝か晩に家族がそろってお祝いを行いました。家族の長寿を願って「年越しそば」を食べる習わしは「年取り」から来ていると言われています。また、「大晦日」の夜には、屠蘇を入れた銚子と、盃台に載せた杯、そして正月料理を詰めた重箱に箸を添え、床の間に飾り、元旦に家族そろっていただき、祝いました。ちなみに「お屠蘇」は年齢の若い順に飲むのが習わしとされています。

除夜(じょや)

「除夜」とは、「年の夜」とも言われ、「歳神」「正月神」「歳徳神」を迎えるために身を清め、終夜眠らずに過ごすのが古くからの習わしです。この夜、年が変わるのを期して、各地の寺々がつき鳴らす「除夜の鐘」は、人間の百八つの煩悩を、一つ一つ消し去るためと言われています。一年が、十二ヶ月、二十四節気、七十二候で、これを全て合計した数字から「百八つの煩悩」の数に結び付いたとも考えられています。「鐘をつく」ことは、中国の宋の時代の仏教儀式に始まり、弱く五十四音、強く五十四音打つと伝えらているそうです。

山里は 冬ぞさびしさ まさりける 人目も草も かれぬと思えば

【古今和歌集、 源宗干 ( みなもとのむねゆき )

歌意は「山里の冬は、ことに寂しさが増すことである。物見に来る人の足も遠ざかり、あたりの草もすっかり枯れてしまったことだと思うと」となります。

冬枯れの 野べとわが身を 思ひせば 燃えでも春を 待ましものを

【古今和歌集、伊勢】

歌意は「この冬枯れの野のようなものと、思いあきらめていられるのであったら、この胸を恋心で燃え立たせないで心静かに春の季節を待っていように。私はこの野火のように、思いの火に身も心も焦がれ死ぬほどでとても春まで待っていられません。」となります。

あど思(も)へか 阿自久麻山(あじくまやま)の ゆずる葉の 含(ふふ)まる時に 風吹かずかも

【万葉集、巻十四、作者不詳】

歌意は「一体何と思っているのか。阿自久麻山のゆずり葉の葉がまだ開かないうちに、風が吹いて無理に開かせてしまうかも知れない。」となります。「まだ、成人しない娘だと思っているうちに、他から誘われて人のものになるかも知れないのだ。ぐずぐずしていないでこちらから積極的に当たっていくべきだ。」という作者の気持ちが詠まれています。

へだてゆく よよの面影 かきくらし  雪とふりぬる 年の暮れかな

【新古今和歌集、冬、藤原 俊成女 ( としなりのむすめ )

歌意は「遠ざかって行く自分の過去の年々にあった事の記憶は、空を暗くして降る雪のように、一様にぼんやりして、区別もつかないまでになって来た年の暮れであることよ。」となります。



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